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この気持ちはなんだろう

自分の中で消化できないこの気持ちを、風化させる前にここに残しておく。


先日、毎月末にある全社定例で「今月の表彰」的なやつに選んでもらった。
毎回全社員から5〜10人くらいが選ばれるやつ。

とても喜ばしいことのはずなのに、なぜかその日はここ最近で一番落ち込んだ。

コメントを求められた時も、とても簡潔というか、パッとしない喋りをしてしまって、「もっと喜べよ」「クールですね」と言われる始末。

ただ。今振り返ってもその理由がはっきりと分からなくて、自分という人間のままならなさを感じる。

一旦今は自分の中にある候補を書いてみる。

1. こんな自分が選ばれていいんだろうか?

確かに選んで貰った時の推薦文的なものに偽りは無いし、それが誤りだと思っているとかでは無いけど、全社で評価されるほどの功績なのかなとは思った。

例えばチームのスプリントの振り返りとか、デカくても事業部のエンジニア組織とかそのレベルじゃないか...?と思ってるので、全社での表彰は過大評価なんじゃないかなって。

そこに対して、まるで何か大きなことを成し遂げた人間みたいな感じで取り沙汰される資格が自分にあるのか良く分からなかった。

今回評価されたことに関しても、全部が全部上手くいった訳でもないし、周りの人ならもっと上手くやってるだろという気持ちもあるので、「新卒にしては」みたいな感じなのかななんて思ったり。

だから、コメントの時も全力で喜べなかったのかもしれないというのが一個の仮説。

「大したことしてないのに、"表彰されるに資する顔"してコメントする人」になりたくなかったのかな。

2. その癖喜んでんのかよ

表彰が発表された時に、ファーストインプレッションは素直に嬉しかった。

ただ、1.でも書いた通り自分にその資格があるのかが微妙だなとも思っているのに、ファーストインプレッションで喜ぶ様な思い上がった自分に納得が行かなかった様に思える。

頭では「自分なんて」って思ってる癖に、深層心理では自分に対して甘い評価を付けて、あたかも自分が活躍しているかのような自己認識になってるんだとしたら、謙虚の皮を被っただけの一番たちの悪い人間でしかない。

自己評価が低いのか、自己評価を低く付けている自分が好きなのか。
もう僕はどっちなのか自分でも分からない。

3. 喜ぶべき場面で、喜べてないじゃん

さっきも書いた通り、表彰が終わった後で「もっと喜べよ」「クールですね」みたいなコメントをもらっていた。

それを見て、「あぁ、自分はその場にふさわしい振る舞いもできないんだな」と悲しくなった。

自分の内面を優先して、みんなが求めている様なその場に相応しい立ち居振る舞いができていないのは、普通にプレイングミスと言わざるを得ない。

そんな自己中心的な自分に悲しくなったし、表彰の様な喜ぶべき場で喜べない人間は、普通に嫌味な人間でしかない気がする。

推薦してくださった上長にも失礼だし、普段一緒に働いて応援してくれているチームの人達にも申し訳ないなって。

こんな新卒で本当にごめんなさい。

おわりに

この3つはあくまで自分が後から考えただけの後付けで、どれかは正解かもしれないしどれかは不正解かもしれない。

全く別の理由かもしれないし、それぞれが合わさった結果なのかもしれない。

ただ、自分が表彰に対して落ち込んだことは事実で、そのような振る舞いをする自分とこれからも向き合っていくためには、後付けの推論を繰り返していくしかないのかもしれないですね。

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YUKI YATA

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株式会社LayerX
フロントエンドエンジニアを目指しています。
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